織田 信朝(おだ のぶとも)は、江戸時代中期の大名。通称は右近。丹波国柏原藩2代藩主。官位は従五位下出雲守。高長系織田家5代。
生涯
宝永6年(1709年)9月28日、初代藩主・織田信休の次男として柏原にて誕生した。幼名は菊千代。
享保5年(1720年)4月1日、8代将軍・徳川吉宗に御目見する。享保7年(1722年)12月24日、信休の死去により家督を相続する。享保8年(1723年)12月18日、従五位下・出雲守に叙任する。享保11年(1726年)3月18日、藩主として初めてお国入りする許可を得る。
元文2年(1737年)1月6日、柏原において死去、享年29。柏原・徳源寺に葬られた。嗣子がなかったため、弟の信旧を養子とした。
内大臣・烏丸光栄の添削を受けた和歌集『水月詠藻』(475首収録)が伝わっている。
系譜
- 父:織田信休(1678-1723)
- 母:生田氏
- 正室:松平宣富五女
- 養子
- 男子:織田信旧(1710-1783) - 織田信休の三男




