この江戸祭礼氏子町一覧は、江戸時代以降に現在の東京都中央区・千代田区を中心とする地域で行なわれていた五社の神社の祭礼について、各町がどの神社の氏子であったかを表にしたものである。
解説
江戸開府以来、日吉山王権現(日枝神社)と神田明神は、府内にある神社の中でも特に重んじられ、現在の中央区や千代田区を中心とする地域に数多くの氏子町を持ち、各町の氏子たちはその祭礼である山王祭・神田祭に参加していた。それらの町の中には双方の神社の氏子を兼ねているところがあり、神田明神境内に摂社として祀られている牛頭天王の三社いずれかの氏子でもあるという町もあった。天王三社の祭礼は、大伝馬町・南伝馬町・小舟町がそれぞれ宮元になり、祭の名にその町名を冠していた(「大伝馬町天王祭」、「南伝馬町天王祭」、「小舟町天王祭」)。
山王祭と神田祭は、隔年で交互に行われ、天王三社の祭礼である各天王祭は毎年行われた。町によっては一年の内で二度祭があったことになる(なお霊岸島の地域は富岡八幡宮の祭礼にも氏子として参加していた)。
五社の祭礼の時期は以下の通りであった(以下いずれも旧暦)。
- 大伝馬町天王祭(天王二之宮) 6月5日 - 8日
- 南伝馬町天王祭(天王一之宮) 6月7日 - 14日
- 小舟町天王祭(天王三之宮) 6月10日 - 13日
- 山王祭(山王権現) 6月15日 - 16日
- 神田祭(神田明神) 9月15日
山王祭と神田祭は天下祭とも呼ばれ、各町から数多くの山車練り物が出て列をなし、神輿に付き添うというものであったが、天王社の三つの祭は山車練り物は一切出ず、それぞれの神輿が氏子町に作られたお旅所に数日留まって各町を渡御した。
神田明神の牛頭天王三社は、現在では、江戸神社(天王一之宮)・大伝馬町八雲神社(天王二之宮)・小舟町八雲神社(天王三之宮)とそれぞれ呼ばれる。また現在の江戸神社の神輿は千貫神輿とも称される大きなものであるが、本来の祭日である6月ではなく現在5月に行われる神田祭にて担がれている。小舟町八雲神社の祭礼は、現日本橋小舟町を中心に四年に一度行われるが、大伝馬町八雲神社の祭礼は現在は行われていない。
表
- 以下の表は左から山王祭、神田祭、南伝馬町天王祭、大伝馬町天王祭、小舟町天王祭の順で並べ、町名は縦に五十音順にならべた。氏子町だった所には●をつけた。
- 当時の氏子町については以下を出典とした。
- 『中央区沿革図集[日本橋篇]』 東京都中央区立京橋図書館、1995年
- 『続・江戸型山車のゆくえ~天下祭及び祭礼文化伝播に関する調査・研究書~』(千代田区文化財調査報告書十一) 千代田区教育委員会編 千代田区立四番町歴史民俗資料館、1999年
- 山王祭・神田祭で●の後にある番号は、両祭礼で各町が出していた山車の順番を示す。江戸時代の山王祭の山車行列および江戸時代の神田祭の山車行列参照。
- 町名の後にある括弧内は、その町域に相当する現在の町域名。現在の町域への比定については、以下を参考とした。
- 『江戸切絵図集成』(第1巻) 中央公論社、1981年
- 『江戸東京地名事典』 本間信治 新人物往来社、1994年
- 『中央区沿革図集[日本橋篇]』 東京都中央区立京橋図書館、1995年
- 『中央区沿革図集[京橋篇]』 東京都中央区立京橋図書館、1996年
- 『復元・江戸情報地図』 児玉幸多監修 朝日新聞社、1994年
- 『日本歴史地名大系13 東京都の地名』 平凡社、2002年
- 『江戸・町づくし稿』(上巻) 岸井良衛 青蛙房、2003年
- 『東京時代MAP 大江戸編』 松岡満 光村推古書院株式会社、2005年
- 「人宿米屋田中家創業期の系譜と石碑建立活動について」 市川寛明 (『東京都江戸東京博物館紀要』第2号 江戸東京博物館、2012年)
関連項目
- 山王祭 (千代田区)
- 神田祭
- 日枝神社
- 神田明神
- 中央区
- 千代田区




